のかくれ家をさがし当てて、奇特《きどく》にもその世話をしているのであろう。親子が今度新しい商売を始めるというのも、この男の助力に因《よ》ること勿論である。
こう考えてみれば、別に不思議がるにも及ばないのであるが、好奇心に富んでいるこの長屋の人たちは、不思議でもないようなこの出来事を無理に不思議な事として、更にいろいろのうわさを立てた。
「いくら昔の家来すじだって、今どきあんなに親切に世話をする者があるか。何かほかに子細があるに相違ない。おまけに、あの人は洋服を着ていることもある。」
この時代には、洋服もひとつの問題であった。あるお世話焼きがおすま親子にむかって、それとなく探りを入れると、母も娘もふだんから淑《つつ》ましやかな質《たち》であるので、あまり詳しい説明も与えなかったが、ともかくもこれだけの事をかれらの口から洩らした。
ここへたずねてくる男は、おすまの屋敷に奉公していた若党の村田平造という者で、維新後は横浜の外国商館に勤めている。この六月、両国の広小路で偶然かれにめぐり逢ったのが始まりで、その後親切にたびたび尋ねて来てくれる。そうして、ただ遊んでいては困るであろうというの
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