の不思議なことがあろう。ここは平家が沈んだ海じゃ。平家にゆかりある者は、ここを去ってどこへ行こうぞ。見ればお身はさまを替えて、仏の御《み》弟子となったよな。
雨月 平家没落の後、甥の景清にいざなわれ、肥後の山家《やまが》にかくれて居りましたが、亡き方々の菩提をとむらう為め、御覧の通りにさまをかえて、今は世をすて武士を捨て、ただ阿弥陀仏を念じながら、諸国をめぐって居りまする。
玉虫 さりとは殊勝《しゅしょう》なことじゃ。(嘲るごとくに打笑む。)して、景清はなんとした。
雨月 かれは思い立ったることありとて、わたくしが頻りに止むるもきかず、鎌倉へ忍んでくだりました。
玉虫 むむ、鎌倉へ……。家重代という痣丸《あざまる》の銘刀を身につけて行ったであろうな。
雨月 おおかた左様でござりましょう。
玉虫 さすがは景清、あっぱれの者じゃ。その痣丸に源氏の血を……。大方そうであろうの。
雨月 そのように申して居りました。
玉虫 (心地よげにうなずく。)聞くもなかなかに勇ましい。たとい景清ならずとも、武士たるものにはそれほどの覚悟が無うてはなるまい。のう、宗清。過ぎし弥生《やよい》の廿四日[#「廿四日
前へ 次へ
全31ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング