する。
玉虫 まあ、しばらく待ちゃ。
(玉虫は起って、再び奥に入る。与五郎と玉琴は顔を見あわせる。)
玉琴 ここへ引返して来るみちみちも、どうあろうかと案じていたに、姉さまの御機嫌も思いのほかに早う直って、こんな嬉しいことはござりませぬ。
与五郎 しいてとやこう申されたら、それがしも刀の手前、われから姉妹の縁切って、そなたを連れ帰ろうと存じたるに、玉虫殿のこころも早う解けて、われも満足。祝言は追ってのこととは思えども、今この場合、姉御の詞《ことば》にさかろうもいかが。兎も角もここで杯しようぞ。
玉琴 どうぞそうして下さりませ。
与五郎 そなたの頼みじゃ、なんなりともきこうよ。
玉琴 あい。世にたよりない我々姉妹、この末ともにかならず見捨てて下さりまするな。
与五郎 坂東武者は弓矢ばかりか、なさけにかけても意地は強い。一度誓いしことばの末は、尽未来《じんみらい》まで変るまいぞ。
玉琴 おお。
(与五郎の手をとって押しいただく、奥より玉虫は三方《さんぽう》と土器《かわらけ》を持ちていず。)
玉虫 世にありし昔ならば、かずかずの儀式もあるべきに、花やもみじの色もなき浦の苫屋のわび住居。心ばか
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