。はて、泣いてござっては済まぬ。まあ、まあ、お立ちなされませ。
(なだめながら手を取れば、玉琴はしおしお起ち上がる。)
玉琴 とは云え、もう一度お詫びをして……。
おしお はて、今とやこうと申上げては、却って御機嫌にさからうようなもの。まあ、わたくしにまかせてお置きなされませ。
(玉琴の手をひきて門に出で、ふた足三足行きかかれば、向うより那須の家来弥藤二は松明《たいまつ》をふり照らしていず。双方ゆき逢う。)
弥藤二 おお、玉琴殿ではござらぬか。
おしお おまえは那須の御家来衆……。
弥藤二 玉琴どのをお迎いにまいった。
(今までしおれたる玉琴は、那須の迎いと聞きて俄かにいそいそする。)
玉琴 おお、弥藤二どの……。ようぞ迎いに来てくだされた。
弥藤二 与五郎どのもお待ち兼ねでござるぞ。早うまいられい。
玉琴 すぐにお供いたしましょう。
おしお 丁度よいところへお迎いじゃ。では、御陣屋へ行かしゃりますか。
玉琴 おしお殿、先へまいりまするぞ。
弥藤二 いざ、お越しなされい。
(弥藤二は先に立ち、玉琴附添いていそぎ行く。取り残されたるおしおはあとを見送る。)
おしお 玉琴どのも現金な……。
前へ
次へ
全31ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング