る。そのなかで甕から首を出して鼻唄を歌っていると、まるで狐に化かされたような形であるが、それも陣中の一興として、その愉快は今でも忘れない。甕は焼物であるから、湯があまりに沸き過ぎた時、迂濶《うかつ》にその縁などに手足を触れると、火傷をしそうな熱さで思わず飛びあがることもあった。
 しかしそれは二十年のむかしである。今のわたしは野天風呂で鼻唄をうたっている勇気はない。行水も思ったほどに風流でない。狭くても窮屈でも、やはり据風呂を買おうかと思っている。そこでまた宿無しが一句うかんだ。
[#天から3字下げ]宿無しが風呂桶を買ふ暑さ哉
[#地から1字上げ](大正十三年七月)



底本:「岡本綺堂随筆集」岩波文庫、岩波書店
   2007(平成19)年10月16日第1刷発行
   2008(平成20)年5月23日第4刷発行
底本の親本:「猫やなぎ」岡倉書房
   1934(昭和9)年4月初版発行
初出:「読売新聞」
   1924(大正13)年7月28日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:noriko saito
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