、特に進んでそれを詮索しようとする者もなかったが、そのなかで猪上なにがしという若侍が忌々《いまいま》しそうに舌打ちした。
「こうして毎晩おなじようなことをしているのは甚だ難儀だ。おそらく狐か狸の仕業であろうから、今夜は嚇しに鉄砲を撃ってやろうではないか。」
 そのことばが終るか終らないうちに、かれはあっ[#「あっ」に傍点]といって俯伏した。一つの石が彼の額を打ったのである。しかも今度の石にかぎって、それが大きい切り石であったので、猪上の右の眉の上からは生血《なまち》がおびただしく流れ出した。人々は息をのんで眼を見あわせた。
 こうなると、天井の裏に何者かがひそんでいるらしく思われるので、一座は総立ちになって天井の板をめくり始めた。父も一緒に手伝った。しかもそれはやはり不成功に終った。傷つけられた猪上はその夜から発熱して、二十日ほども寝込んだということであった。
 父はその翌晩も行ってみたいと思ったのであるが、藩士以外の者をたびたび入れることは困る、万一それが重役にでも知れたときには我々が迷惑するからと断わられたので、父はその一夜ぎりで怪異を見るの機会を失ってしまった。しかし小石の落ちた
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