かった。
「残念だな。」
 がっかりして突っ立っているところへ三、四人が駈けつけて来た。それは第三の組の倉橋伝十郎と粕屋甚七と、案内の者どもであった。かれらはあの怪しい叫びを聞き付けて駈け集まったのであるが、もうおそかった。伝十郎も口惜《くや》しがったが、取り分けて甚七は残念がった。彼は宵の恥辱をすすごうとして、火縄をむやみに振って駈けまわったが、結局くたびれ損《ぞん》に終った。
 第三の組ばかりでなく、第一第二の組もおいおいに駈け付けた。そうして、たいまつを照らしてそこらを探し廻った。それもやはり不成功に終ったので、よんどころなく本陣にしている次郎兵衛後家の家へいったん引揚げることになった。ここで初めて発見されたのは、茂左衛門の左の手に幾筋の長い毛を掴《つか》んでいたことであった。
 いつどうしてこんなものを掴んだのか、自分にも確かな記憶はない。だんだん考えてみると、暗いなかを無暗《むやみ》に斬っているあいだに、何物かを掴んだことがあるようにも思われる。あるいはその時、片手は獣の毛を掴んで、片手でそれを切ったのかも知れない。あるいは確かにそれを切るという気でもなく、ただ無暗に振りまわ
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