悲鳴がまた突然にきこえた。つづいて嘶くのか、吠えるのか、唸るのか、得体《えたい》のわからない一種の叫びが闇をゆするように高くひびいた。
「あ、あれでござります。」と、おもよは俄かに悸《おび》えるようにささやいた。
 もう問答の暇《いとま》もない。茂左衛門はおどるように表へ飛び出すと、雨はだんだんに強くなっていた。引っかえして火縄をつける間も惜しいので、彼はその叫びのきこえた方角へまっしぐらに駈けて行くと、草鞋《わらじ》は雨にすべって路ばたの菜畑に転げ込んだ。一旦は転んでまた起きかえる時、彼は何物にか突き当ったのである。それが大きい獣であるらしいことを覚ったが、あまりに距離が近過ぎるので、茂左衛門は刀を抜くすべがなかった。
 彼は必死の覚悟でその怪物に組み付くと、相手は強い力で振り飛ばした。振り飛ばされて茂左衛門はまた倒れたが、すぐに刎《は》ね起きて刀をぬいた。そうして、暗いなかを手あたり次第に斬り廻ったが、刃《やいば》に触れるものは菜の葉や菜の花ばかりで、一向にそれらしい手ごたえはなかった。耳を澄ましてその足音を聞き定めようとしたが、あいにくに降りしきる雨の音に妨げられて、それも判らな
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