いるのかと思っていたに……。この夜更けにそんな所で何をしているのだ。」
 叱られて納屋の蔭からその小さい姿をあらわしたのは、おもよが改めて紹介するまでもなく、ことし十六になるという孫娘のおらちであることを、茂左衛門はすぐに覚った。おらちは物に怖《お》じるような落ちつかない態度で、二人の前に出て来た。
「お城のお侍さまに御挨拶をしないか。」と、おもよはまた言った。
 おらちは無言で茂左衛門に会釈《えしゃく》して、あとを見かえりながら内にはいると、おもよは独り言のように、あいつ何をしていたかと呟きながら、入れ代って納屋の方へ覗きに行ったかと思う間もなく、老女は忽ちに声をとがらせた。
「そこにいるのは誰だよ。」
 それに驚かされて、茂左衛門も覗いてみると、納屋の蔭にまだひとつの黒い影が忍んでいるらしかった。おもよは咎めるようにまた呶鳴った。
「誰だよ。鉄作ではないか。今ごろ何しに来た。お福の幽霊に逢いたいのか。」
 相手はそれにも答えないで、暗い雨のなかを抜け出してゆく足音ばかりが聞えた。そうして、それが家の前からまだ四、五間も行き過ぎまいかと思われる時に、きゃっ[#「きゃっ」に傍点]という
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