災難に出逢いまして……。腹が立つやら悲しいやら、なんともお話になりませんような訳で、世間に対しても外聞《がいぶん》が悪うござります。」
「その鉄作はどうしている。」
「この頃はからだもすっかり癒りまして、自分でもお福を見殺しにして逃げたのを、なんだか気が咎めるのでございましょう。時どきに訪《たず》ねて来ていろいろの世話をしてくれますが、あんな男に相変らず出入りをされましては、なおなお世間に外聞が悪うござりますから、なるべく顔を見せてくれるなといって断っております。」
 言いかけて、おもよは気がついたように暗い表に眼をやった。
「おや、雨が降ってまいりました。」
 茂左衛門も気がついて表を覗くと、闇のなかに雨の音がまばらに聞えた。
「とうとう降って来たか。」
 彼は起《た》って軒下へ出ると、おもよも続いて出て来た。
「皆さまもさぞお困りでござりましょう。どうもこの頃は雨が多くて困ります。」
 家の前にも横手にも空地《あきち》があって、横手には小さい納屋《なや》がある。それにふと眼をつけたらしいおもよは急に声をかけた。
「そこにいるのはおらちではないか。さっきから姿が見えねえから、奥で寝て
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