人 えゝ、休めちまへ、休めちまへ。
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(播磨も權次權六も身がまへする。四郎兵衞、その他四人も身繕《みづくろ》ひして詰めよる。娘はうろ/\してゐる。この時、陸尺《ろくしやく》に女の乗物をかゝせ、若党二人附添ひて走らせ来り、喧嘩のまん中へ乗物をおろす。)
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長吉 おい、おい。お前達も目さきが利かねえ。
仁助 こゝへ、そんなものを卸《おろ》してどうするんだ。
二人 退いてくれ、退いてくれ。
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(權次權六は若党の顔を見ておどろく。)
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權次 おゝ、こなたは小石川の。
權六 澁川様の御乗物か。
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(乗物の戸をあけて澁川の後室眞弓、五十余歳、裲襠《うちかけ》すがたにて出づ。)
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播磨 おゝ、小石川の伯母上、どうしてこゝへ……。
眞弓 赤坂の菩提所《ぼだいしよ》へ仏参のかへり路、よいところへ来合せました。天下の御旗本ともあるべき者が、町人どもを相手にして、達引《たてひき》とか達入《たていれ》とか、毎日毎日の喧嘩沙汰、さりとは見あげた心掛ぢや。不断からあれほど云うて聞かしてゐる伯母の意見も、そなたといふ暴れ馬の耳には念仏さうな。主が主なら家来までが見習うて、權次、權六、そち達も悪あがきが過ぎませうぞ。
權次權六[#「權次」と「權六」は横並びになっている] あい、あい。(頭を押へてうづくまる。)
四郎兵衞 見れば御大家の後室様、喧嘩のまん中へお越しなされて、このお捌《さば》きをお付けなさる思召《おぼしめし》でござりますか。御見物ならもう少しあとへお退《さが》り下さりませ。
眞弓 差出た申分かは知りませぬが、この喧嘩はわたしに預けてはくださりませぬか。播磨はあとで厳《きび》しう叱ります。まあ堪忍して引いてくだされ。
四郎兵衞 さあ。(思案する。)
長吉 でも、このまゝで手を引いては。
仁助 親分に云訳があるめえぜ。
萬藏 今更あとへ引かれるものか。
彌作 かうなるからは命の取遣りだ。
四人 かまはずに遣《や》つちまへ、遣つちまへ。
眞弓 不承知とあればわたしがお相手。
四郎兵衞 え。
眞弓 それとも素直に引いてくだ
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