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四郎兵衞 仔細《しさい》もなしに咬み付くやうな、そんな病犬《やまいぬ》は江戸にやあゐねえや。白柄組《しらつかぐみ》とか名を付けて、町人どもを嚇《おど》してあるく、水野十郎左衞門の仲間のお侍、青山播磨様と仰しやるのは、たしかあなたでごぜえましたね。
萬藏 さうだ、さうだ。この正月に山村座《やまむらざ》のまへで、水野と喧嘩をしたときに、たしかに見かけた侍だ。
彌作 違《ちげ》えねえ。坂田の何とかいふ奴と一緒になつて、その白柄をひねくり※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]したのを、俺あちやんと覚えてゐるんだ。
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(長吉と仁助は床几をゆずり、四郎兵衞はまん中に腰をかける。)
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播磨 むゝ、白柄組の一人と知つて喧嘩を売るからは、さてはおのれは花川戸《はなかはど》の幡隨院長兵衞が手下の者か。
四郎兵衞 お察しの通り、幡隨院長兵衞の身内でも、ちつとは知られた放駒の四郎兵衞。
長吉 並木の長吉。
仁助 橋場の仁助。
萬藏 聖天の萬藏。
彌作 田町の彌作だ。
權次 やい、やい。こいつら素町人《すちやうにん》の分際で、歴々の御旗本衆に楯突《たてつ》かうとは、身のほど知らぬ蚊とんぼめ等。それほど喧嘩が売りたくば、殿様におねだり申すまでもなく、云値《いひね》でおれ達が買つてやるわ。
權六 幸ひ今日は主親《しゆうおや》の命日といふでも無し、殺生するにはあつらへ向きぢや。下町から蜿《のた》くつて来た上り鰻、山の手奴が引つ掴んで、片つぱしから溜池《ためいけ》の泥に埋めるからさう思へ。
四郎兵衞 そんな嚇《おど》しを怖がつて、尻尾をまいて逃げるほどなら、白柄組が巣を組んでゐる此の山の手へのぼつて来て、わざ/\喧嘩を売りやあしねえ。こつちを溜池へぶち込む前に、そつちが山王の括《くゝ》り猿、御子供衆のお土産にならねえやうに覚悟をしなせえ。
播磨 われ/\が頭《かしら》とたのむ水野殿に敵意を挟んで、とかくに無礼をはたらく幡隨院長兵衞、いつかは懲《こ》らしてくれんと存じて居つたに、その子分といふおのれ等が、わざと喧嘩を挑《いど》むからは、もはや容赦《ようしや》は相成らぬ。望みの通り青山播磨が直々《ぢき/\》に相手になつてくるゝわ。
四郎兵衞 いゝ覚悟だ。お逃げなさるな。
播磨 なにを馬鹿な。
子分四
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