捗取《はかど》らず、最初からでは約一月を費して、五月下旬にようやく以上の諸作を読み終りました。
そこで、いざ書くという段になって考えたのは、今までに江戸時代の探偵物語というものがない。大岡政談や板倉政談はむしろ裁判を主としたものであるから、新《あらた》に探偵を主としたものを書いてみたら面白かろうと思ったのです。もう一つには、現代の探偵物語をかくと、どうしても西洋の摸倣に陥《おちい》り易《やす》い虞《おそ》れがあるので、いっそ純江戸式に書いたらば一種の変った味のものが出来るかも知れないと思ったからでした。幸いに自分は江戸時代の風俗、習慣、法令や、町奉行、与力、同心、岡っ引などの生活に就ても、一通りの予備知識を持っているので、まあ何とかなるだろうという自信もあったのです。
その年の六月三日から、先《ま》ず「お文《ふみ》の魂《たましい》」四十三枚をかき、それから「石灯籠」四十枚をかき、更に「勘平の死」四十一枚を書くと八月から『国民新聞』の連載小説を引受けなければならない事になりました。『時事』と『国民』、この二つの新聞小説を同時に書いているので、捕物帳はしばらく中止の形になっていると、そ
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