ろうと、お由は襖《ふすま》をあけて次の間へ行った。
 唸っているお年を呼び起こして介抱すると、少女のひたいには汗の珠《たま》がはじき出されるように流れていた。
 お年の夢はこうであった。彼女が姉と一緒に広い草原をあるいていると、姉の姿がいつか白い蝶に化《か》して飛んでゆく。おどろいて追おうとしたが、とても追いつかない。焦《じ》れて、燥《あせ》って、呼び止めようとするところを、母に揺り起こされたのである。
 その夢の話を聴かされて、お北ははっ[#「はっ」に傍点]と思った。今度こそは本当に顔色を変えたのである。しかもそうなると、白い蝶の一件を洩らすことがいよいよ憚られるように思われて、彼女はやはり口を閉じていた。母も少女の夢ばなしに格別の注意を払わないらしかった。
「子供のうちはいろいろの夢をみるものだ。姉さんはここにいるから、安心しておやすみなさい」
 お年は再び眠った。他の人々も皆それぞれ寝床にはいったが、その後にはなんの出来事もなく、瓜生の一家は安らかに一夜を過ごした。宵からの疲れで、お北も他愛なく眠った。
 風は夜のうちに止んでいたが、明くる朝は寒かった。こんにちと違って、その当時
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