歳である。お北の帰りが少し遅いので、長三郎を迎えにやろうかと云っているところへ、お北は隣家のお勝と一緒に帰って来た。水引屋の職人に送って貰ったと云うのである。
「唯今……。どうも遅くなりました」
茶の間へ来て、母のまえに手をついた娘の顔は蒼かった。
「お前、どうしたのかえ」と、母のお由は怪しむように訊《き》いた。
「いいえ、別に……」
「顔の色が悪いよ」
「そうですか」
白い蝶が若い娘たちを気味悪がらせたには相違なかったが、お北自身は顔の色を変えるほどに脅《おびや》かされてもいなかった。彼女は却って母に怪しまれたのを怪しむくらいであった。しかし、まんざら覚えのないわけでも無いので、白い蝶の一件を母や妹に打ち明けようと思いながら、なぜかそれを口に出すのを憚《はばか》るような心持になって、お北は結局黙っていた。
「この春は風邪が流行《はや》ると云うから、気をお付けなさいよ」と、なんにも知らない母は云った。
夜も更《ふ》けているので、妹のお年は姉の帰りを待たずに、さっきから次の間の四畳半に寝ていたのであるが、このとき突然に魘《うな》されるような叫び声をあげた。なにか怖い夢でも見たのであ
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