、それが判らない。なにしろ不思議だ。あんな物は見たくない。あんなものを見ると、なにか悪いことがありそうに思われるからね。といって、わたしは商売だから、毎晩こうして廻っているうちに、忌《いや》でも時々見ることがある。気のせいか、あの蝶々をみた明くる日は、なんだか心持が悪くって……」
 こんな話を聴かされて、三人はますます肌寒くなって来た。お勝はお北の袂《たもと》をそっと曳いた。
「もう行きましょうよ」
「ええ、行きましょう」と、お北もすぐ同意した。
「そうだ。だんだんに夜が更《ふ》けて来る。お嬢さんたちはお屋敷の前まで送ってあげましょうよ」と、源蔵が云った。
 藤助に別れて、三人はまた足早にあるき出したが、音羽の通りへ出るまでに、蝶は再びその白い影をみせなかった。娘たちの組屋敷は音羽七丁目の裏手にあるので、源蔵はそこまで送りとどけて帰った。
 お北の父の瓜生長八は、城中へ夜詰《よづめ》の番にあたっていたので、その夜は自宅にいなかった。瓜生の一家は長八と、妻のお由と、長女のお北と、次女のお年と、長男の長三郎と、下女のお秋の六人暮らしで、男の奉公人は使っていない。長三郎は十五歳で、お年は十三
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