嘲るように苦笑《にがわら》いをした。
「わたしも小身ながら武士の端《はし》くれだ。世に不思議だの、妖怪だのと云うものがあろうとは思っていない。怪力乱神を語らずとは、孔子も説いている。かの白い蝶の一件は、先日も白魚河岸の親類が来て、何か家内に話して行ったそうだが、わたしは別に気にも掛けずにいた。いや、まったくばかばかしい話だと思っていたのだ。ところが、おとといの晩は家《うち》のお勝も見た。お前の姉さんも見たと云う。まだそればかりでなく、あの水引屋の……職人の源蔵も見たと云う。源蔵は正直者で、むやみに嘘を云うような男でもない。してみると、これには何か仔細があるらしく思われる。就いては、物は試《ため》しだ。わたしは今夜、目白坂の辺へ行って、果たしてその白い蝶が飛ぶかどうかを探索してみようと思うのだが、どうだ、お前も一緒に行ってみないか」
その頃の若侍のあいだには「胆《きも》だめし」と唱えて、あるいは百物語を催し、あるいは夜ふけに墓場へ踏み込み、あるいは獄門首の晒《さら》されている場所をたずねる、などの冒険めいた事がしばしば行なわれていた。伝兵衛が長三郎を誘ったのも、その意味である。長三郎の
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