ゃあならないと、御新造《ごしんぞう》さまからも口止めされているんです」と、お安も云った。
口止めされながら、直ぐに他人にしゃべってしまうのである。長三郎は若い下女の口善悪《くちさが》ないのを憎みながらいい加減にあしらって家へはいった。そうして、朝飯を食ってしまってから、素知らぬ顔で隣りの家へ見舞にゆくと、お勝の容態はやはり好くないらしかった。
「姉さんは……」と、母のお富が訊いた。
「姉はもう好くなりまして、きょう一日も寝ていたらば起きられるでしょう」
「それは仕合わせでしたな。家《うち》の娘はまだこの通りで……」
「御心配ですね」
そんな挨拶をしているうちに、主人の黒沼伝兵衛が奥から出て来た。
「長さん。こっちへ来てくれ」
長三郎を自分の居間へよび入れて、伝兵衛はしずかに云い出した。
「若い者の手前、まことに面目のないことだが、ゆうべは少し失策《しくじり》をやったよ」
「どんなことですか」
長三郎はやはり素知らぬ顔をしていると、伝兵衛は自分の口から白い蝶の話をはじめた。それはさっきお安が長三郎に洩らしたと同じ出来事であった。伝兵衛は正直にゆうべの失策を打ちあけた後に、みずから
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