かよっている剣術の道場でも、これまで往々にそんな催しがあったが、彼はまだ十五歳の前髪であるので、とかくにその仲間から省《はぶ》かれ勝ちであるのを、彼はふだんから残念に思っていた。その矢さきへ、この相談を持ち掛けられたのであるから、長三郎はよろこんで即座に承諾した。彼はぜひ一緒に連れて行ってくれと答えると、伝兵衛は然《さ》もこそと云うようにうなずいた。
「むむ。お前ならばきっと承知するだろうと思った。では、今夜の五ツ頃(午後八時)から出かける事にしよう。だが親父やおふくろが承知するかな」
「夜学に行くことにして出ます」
長三郎は護国寺門前まで漢籍の夜学に通うのであるから、両親の手前はその夜学にゆくことにして怪しい蝶の探索に出ようと云うのである。その相談が決まって、彼は威勢よく我が家へ帰った。
「あなたはともかくも、年の若い長さんなぞを連れ出して、なにかの間違いがあると困りますよ」と、妻のお富は不安そうに云った。
「なに、あいつは年が行かないでも、なかなかしっかりしているから、大丈夫だよ」
伝兵衛は笑っていた。
三
廿日正月《はつかしょうがつ》という其の日も暮れて、宵闇
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