金田という旗本の隠居に受け出されて、柳島の下屋敷に入り込んで、当座は何事もなく暮らしていたのであるが、お近は深川にいる頃から音羽の旗本佐藤孫四郎とも馴染《なじみ》をかさねていた。佐藤は二十五、六の独身者《ひとりもの》で、お近の心はそちらになびいていたが、何分にも金田にくらべると佐藤は小身であり、且は道楽者で身上《しんしょう》も悪いので、金田と張り合うだけの力はなく、お近は心ならずも柳島の屋敷へ引き取られてしまったのである。しかも二人の縁は切れないで、お近は柳島へ行った後も寺参りや神詣《かみもう》でにかこつけて、ひそかに佐藤と逢曳《あいび》きを続けていた。
その秘密を金田の隠居に発見されて、事が面倒になって来たのと、一方の佐藤は長崎出役を命ぜられて西国《さいこく》へ旅立つことになったのとで、お近は遂に金田の隠居を殺害してその手箱から盗み出した三十両の金を路用に、佐藤のあとを追って行った。勿論、表向きは佐藤の屋敷へ入り込むことは出来ないので、長崎の町はずれに隠まわれて外妾のように暮らしているうちに、三年の月日はいつか過ぎて、佐藤は江戸へ帰ることになった。帰府の道中も同道しては人目《ひとめ
前へ
次へ
全165ページ中153ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング