めいた事など話した場合、あたまから叱り飛ばされるのは知れ切っていた。
 お勝の母の話によると、このごろ夜が更けると怪しい蝶が飛びあるく。それはお勝らが見たのと同じように、普通の物よりやや大きい白い蝶で、それが舞い込んだ家には必ず何かのわざわいがある。多くは死人を出すと云うのである。
「お母さまがどうしてそんな事を御存じなのでしょう」と、お北は又|訊《き》いた。[#「。」は底本では「、」]
「それはね」と、お勝は更に説明した。「四、五日前に白魚河岸《しらうおがし》のおじさんが御年始にきた時に、お母さまに話したので……。八丁堀でも内々|探索《たんさく》しているのだそうです」
 白魚河岸のおじさんと云うのは黒沼の親類で、姓を吉田といい、白魚の御納屋《おなや》に勤めている。吉田は土地の近い関係から、八丁堀同心らとも知合いが多いので、その同心の或る者から白い蝶の秘密を洩れ聞いたらしい。してみると、まんざら無根の流言《りゅうげん》とも云えないのであるが、伝兵衛は飽くまでもそれを否認していた。彼はこんなことまで云った。
「白魚河岸がそんな出たらめを云うのか。さもなければ、この頃はお膝元が太平で、八丁
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