堀の奴らも閑《ひま》で困るもんだから、そんな、詰まらない事を云い触らして、忙がしそうな顔をしているのだ。ばかばかしい」
 こう一と口に云ってしまえばそれ迄であるが、白魚河岸のおじさんは嘘を云うような人ではない。八丁堀の人たちが幾ら閑《ひま》だからといって、根も葉もないことに騒ぎ立てるはずもあるまいと、お勝の母は夫に叱られながらも、内心はそれを信じていた。
 その矢さきに、お勝が現在その白い蝶の飛ぶ姿を見たと云うのであるから、母はいよいよそれを信じないわけには行かなくなった。
「それですから当分は夜歩きをしない方がいいと、お母さまは云っているのですよ」と、お勝はさらに付け加えた。

     二

 門前の掃除を仕舞ってお北はわが家へはいったが、今のお勝の話がなんとなく気にかかって、彼女は暗い心持になった。
 お勝の父がいかにそれを否認しても、白い蝶の怪異はまんざら跡方のないことでも無いように思われた。
 ことに妹のお年がゆうべの夢にうなされて、姉が白い蝶に化して飛び去ろうとしたと云う話が、また今更のように思い合わされて、お北は一種の恐怖を感じないわけには行かなかった。白い蝶と自分とのあ
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