お大の方では頻りに迫って来る。もう忌《いや》とは云われない破目になって、幾次郎はまた悪巧みを考えました。その片棒をかついだのが彼《か》の友蔵です」
「幾次郎は友蔵を識っていたのですか」
「去年の心中一件のときに、友蔵は和泉屋へ押し掛けて来て、自分が二十五両を横取りした事などはいっさい云わず、ここの息子のために大事の娘を殺されてしまったから、どうかしてくれと因縁を付ける。その時に幾次郎が仲に立って、三十両の金を渡して追い返した。それが縁になって、幾次郎は友蔵を識っている。あいつは悪い奴で、金にさえなれば何でも引き受ける奴だと云うことも知っているので、今度の味方に抱き込んだのです。
 そこで四月の末に友蔵を呼び寄せて相談の上、お大にむかってもいよいよ駈け落ちの相談を始めました。自分の育った甲府には、おふくろがまだ達者でいる。ひとまず其処へ身を隠そうと云うことにして、お大に二百両の金をぬすみ出させ、その一割の二十両だけをお大に持たせて、残りの百八十両は自分が預かりました。二人が一緒に出ては直ぐに覚られるから、おまえは一と足さきに出て、府中宿の友蔵の家に待ち合わせていてくれ。私はあとから尋ねて
前へ 次へ
全51ページ中44ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング