りかえと声をかけても返事をしない。なぜ黙って俯向いているんだよと云うと、しん吉は小さな声で、顔を見せると阿母《おっか》さんがびっくりするからと云う。おまえの顔を見てびっくりする奴があるものか、旅から帰って来たら先ず無事な顔を親に見せるものだ、早く顔をお見せよと云うと、しん吉がひょいと顔をあげた……」
ここまで話して来て、お仙は思わず息をのみ込むと、幸次郎は笑いながら口を出した。
「なんだか怪談がかって来たようだね」
「まったく怪談さ」と、お仙は顔をしかめた。「しん吉が顔をあげると、顔は血だらけ……。なんでも砂利のような物で引っこすったように、顔一面に摺《す》りむけている。おっかさんも驚いてきゃっ[#「きゃっ」に傍点]と云うと、夢が醒めた……。もしやこれが正夢《まさゆめ》で、せがれの身の上に何か変事でもあったのじゃあ無いかと、おっかさんも頻りに案じていると、ゆうべも同じ夢をみて、せがれの顔はやっぱり血だらけ……。いよいよ心配していると、きょうの宵の口、おっかさんが銭湯から帰って来ると、暗い家のなかにしん吉がしょんぼりと坐っている。それが振り向くと、やっぱり血だらけの顔をしていたので、お
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