っかさんはもう声が出なかったそうで……。これはどうしても唯事でない。せがれは何処でか非業《ひごう》の最期を遂げたに相違ないと、おっかさんは半気違いのようになって自身番へ泣き込んで来たと云うわけさ。自身番だってどうすることも出来ない。お前があんまり心配するから、そんな夢を見たのだろうとか、夢は逆夢《さかゆめ》だとか云って、まあいい加減になだめているのだが、親ひとり子ひとりの伜にもしもの事があったら、あたしも生きちゃあいられないとか云って、おっかさんは泣いて騒いでいる。そのうちに大屋《おおや》さんが来て、無理になだめて引っ張って帰ったが、考えてみれば可哀そうでもあり、しん吉は一体どうしたのかねえ」
 聴いている三人は顔を見あわせた。外には暗い雨が小歇《こや》みなく降っていた。
「なるほど怪談だ」と、善八は冷えた茶を飲みながら云った。「だが、自身番で云う通り、お袋があんまり心配しているので、せがれの夢を見たり、せがれの姿を見たりしたのだろう。そんな事とは知らねえで、しん吉の野郎、近在をまわってちっとふところが暖《あった》まったので、今頃どこかの宿場《しゅくば》でおもしろく浮かれているかも知れ
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