同時にがらりと明けられて、善八はすぐに飛び込んだが、相手も用心していたので、もろくは押さえられなかった。殊にしん吉とは違って、頑丈の大男である。二人は入口の土間を転げまわって揉み合ううちに、友蔵は善八を突きのけて表へ跳り出ようとする、その横っ面に半七の強い張り手を喰らわされて、思わずあっ[#「あっ」に傍点]と立ちすくむところを、再び胸を強く突かれて、彼はあと戻りして土間に倒れた。善八は折り重なって縄をかけた。
「なんでおれを縛りゃあがるのだ」と、友蔵は吽《ほ》えるように呶鳴った。
「ええ、静かにしろ。おれは江戸から御用で来たのだ」と、半七は云った。
眼のさきに十手を突き付けられて、友蔵もさすがに鎮まった。
六
「お話はもうお仕舞いです」と、半七老人は笑った。「あとはあなたの御想像に任せますよ」
「いや、事件がなかなかこぐらかっているので、容易に想像が付きません」と、わたしも笑った。
「じゃあ、この友蔵の家《うち》に転がされていた女は、伊豆屋の女房か、和泉屋の女房か、あなたはどっちだと思います」
さかねじの質問を受けて、わたしは返事に困った。黙っているのも口惜《くや》しいので、わたしは出たらめに答えた。
「和泉屋の女房のようですね」
「ふむう」と、老人はわたしの顔を眺めた。「どうして判りました」
そう訊かれて、わたしはまた困った。
「どうと云うこともないので……。唯なんだか和泉屋のよう[#「よう」に傍点]だと思っただけですよ」
「そのよう[#「よう」に傍点]だと云うことが大切です」と、老人はまじめに云った。「明治のこんにちは警察のやりかたもすっかり変って、探偵の方法も新らしくなりましたが、昔の探索には何々のよう[#「よう」に傍点]だとか、誰誰のよう[#「よう」に傍点]だとか、まずわれわれの胸に泛かぶ。それがなかなかの役に立って、よう[#「よう」に傍点]だと睨んだことが不思議にあたった例がしばしばあるので……。そうです、わたしが家に坐って、眼をつぶって、腕を拱《く》んで、どうもそうらしいようだと考えていた事が、まず大抵は壷に嵌《はま》りましたからね。あなたの鑑定通り、その女は呉服屋の女房のお大でした」
「お大は家出をして、府中へ行ったんですか」
「そうです。わたくしは最初から和泉屋の手代の幾次郎という奴を、なんだか怪しいと睨んでいたのですが、やっぱり
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