や、上がるまでもねえ。ちょいと店さきで訊きてえことがある」と、半七は店に腰をかけた。「おかみさんは留守かえ」
「ええ、ちょっと出まして」
徳次は女中に指図して、火鉢や茶を運ばせた。托鉢僧が来かかって、ここの店さきで鉦《かね》をたたいて去るあいだ、半七らは黙って茶を飲んでいた。隣りの二階では昼間から端唄の声がきこえた。
「そこで早速だが、六間堀の伊勢屋はこの頃も出かけて来るかえ」と、半七は訊いた。
「お俊さんと時々に見えます。このあいだも、枯野見《かれのみ》だと云って上手《うわて》までお供をしましたが、いやどうも寒いことで……。枯野見なんて云うのは、今どき流行りませんね。雪見だって、だんだんに少なくなりましたよ」と、徳次は笑った。
「通人《つうじん》が少なくなったのだろう」と、半七も笑った。「おめえなら知っているだろうが、伊勢屋に贔屓《ひいき》の相撲があるかえ」
「ありますよ。万力《まんりき》甚五郎で……」
「万力甚五郎……。二段目だな。たいそう力があるそうだが……」
「力がありますね。まったくの万力で……。近いうちに幕へはいるでしょう」と、徳次は自分の贔屓相撲のように褒め立てた。「伊
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