質屋だから、流れ物か何かで、好い品を持っていて、それをお俊の家へ持ち込んでいたのだろう。寒いのに御苦労だが、これから六間堀へ行って、伊勢屋の様子を探って来てくれ」
「ようがす」
 橋の上で松吉に別れて、半七はひとまず神田の家へ帰った。いつの世でも探索に従事する者は皆そうであるが、情況証拠と物的証拠のほかに自分の判断力を働かせなければならない。茶の間の長火鉢の前に坐って、半七はきょうの獲物を胸のうちに列べてみた。あばたの有無などに拘泥《こうでい》するのは素人である。加害者は万力、被害者はお俊、この推定はどうしても動かないと彼は思った。
 木枯しは夜通し吹きつづけて、明くる朝は下町《したまち》も一面に凍っていた。その五ツ(午前八時)頃に松吉は寒そうな顔をみせた。
「なるほど親分の眼は高けえ。やっぱりお俊らしゅうござんすよ。なにしろ、あの碁盤は伊勢屋から出たものに相違ありません。近所の同商売の者に訊いてみると、柘榴伊勢屋には先代から薄雲の碁盤という物があるそうです。その碁盤には、猫の魂が宿っていて、それを置くと鼠が出ないと云うので……」
「そうか。判った」と、半七はうなずいた。「酒屋の番頭の話じゃあ、お俊は鼠が大嫌いで、あの貸家に鼠が出て困ると云っていたそうだ。その鼠よけのまじないに、伊勢屋から薄雲の碁盤を持ち込んだのだろう。そこで、伊勢屋の主人と云うのはどういう奴だ」
「伊勢屋の由兵衛は四十ぐらいで、女房のおかめは三十五、夫婦のあいだに子供はありません。あんまり万力を可愛がっているので、今に万力を養子にするのじゃあねえかと、近所じゃあ云っていますが、真逆《まさか》にそうもなりますめえ。万力は二十一で、男も好し、力もあり、人間も正直でおとなしいから、今に出世をするだろうと、世間じゃあ専ら噂をしています。その万力がどうして旦那の妾を殺したのでしょうかね」
「それに就いて、ゆうべもいろいろ考えたのだが、この一件は、小栗の屋敷の次男坊に係り合いがあるらしい」と、半七は自信があるように微笑《ほほえ》んだ。「小栗の次男は銀之助、ことし二十二で、深川籾蔵前の大瀬喜十郎という旗本屋敷へ養子に行っていると云う。これが平井という旗本の遊び友達で、例の花見の一件のときに、万力の刀をひったくったのは其の仕業《しわざ》だろうと思う。これが多分お俊に係り合いがあって、万力は旦那への忠義と、自分の遺
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