恨とで、お俊の首を碁盤に乗せて、わざと本家の小栗の屋敷の前にさらして置いたのだろう」
「そんなら銀之助も一緒に殺《ば》らしそうなものですがね」
「殺《ば》らすつもりであったのを仕損じたのか、何かほかに仔細があったのか、どっちにしても万力の仕業に相違あるめえ。しかし相手は天下の力士だ。確かな証拠を挙げた上でなけりゃあ、むやみに御用の声は掛けられねえ。おめえはもう一つ働いて、銀之助の方を調べてくれ。万力の脇差を取ったのは確かに銀之助か、又その銀之助がお俊の家へ出這入りしていたかどうだか、それをよく洗い上げるのだ」
「わかりました。じゃあすぐに行って来ます」
松吉は受け合って出て行った。ひと足おくれて半七も家を出て、本所の小栗の屋敷に用人の淵辺新八をたずねた。そうして、大瀬の屋敷へ養子に行っている銀之助の行状をふたたび詮議すると、相手が主人の弟であるから、用人も最初は何かと取りつくろっていたが、半七が相当にくわしい事を探っているらしい口振りにおどされて、迷惑そうにだんだん打ち明けた。それによると、銀之助はかなりの放蕩者で、養家の両親と折り合わず、あるいは不縁になりはしまいかと内々心配しているとの事であった。但しお俊という女と関係があるか無いか、そんなことは一切知らないと用人は云った。
「深川のお屋敷へは、いつから御養子にお出でになったのです」と、半七は訊いた。
「去年の秋からです」と、用人は答えた。「まあ、一年は客分のような形で、それから表向きの披露をすることになっていました。そこで無事に行けば、この十月にはいよいよ披露をする筈だったのですが、どうも養子親との折り合いが好くないので、まだ其の儘になっているような次第で……。したがって亦、世間では大瀬の屋敷へ行ったことを知らないで、いまだにこの屋敷にいるものと思っている人もあるそうです」
万力もその一人かも知れないと、半七は思った。しかし迂闊なことを云い出して、ここで用人らを騒がせるのは好くないので、半七はなんにも云わずに帰った。
その帰り道に、半七はふと思い付いて、相生町一丁目の竹本駒吉をたずねた。お俊の家のとなりである。格子をあけると、二十五、六の女師匠が出て来た。相手は女であるから、いっそ正直に調べた方が面倒でないと思って、半七は御用で来たことを云い聞かせると、駒吉は丁寧に内へ招じ入れた。
「お稽古の邪魔じゃあね
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