わたくしには出来ませんでした。そこで夜叉神の前に頭をさげて、わたくしは心から懺悔をいたしました。そして、盗んだ金銀を元のところへ戻しに参ろうと存じまして、暫く祈念いたして居りますと、不思議にその面が取れました。やれ有難やと喜んで、再び奉納小屋の方へ引っ返そうと致しますと、この頃は夜の明けるのが早くなったのと、開帳中は特に早起きをいたしますので、寺中ではもう雨戸を繰るような音がきこえます。わたくしは急に気おくれがして、もし見付けられたら大変だと思いまして、小屋へは引っ返すのをやめましたが、袂の金の始末に困りました。むやみに其処らへ捨てて行くわけにも行かず、当座の思案で小判五枚を面の箱へ押し込みました。こうして置けば、夜叉神の功力《くりき》で何とか元へかえる術《すべ》もあろうかと思ったからでございます。一旦かぶった面は、自分が一生の戒めにするつもりで、袂に入れて帰りました」
このときの教重は確かに懺悔滅罪の人であった。小判と共に二朱銀も戻した積りであったが、寺へ帰ってみると、五個の銀が袂に残っていた。彼は慌ててそれだけを持ち帰ったのである。飛んだ事をしたと悔んだが、今さら引っ返すわけにも
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