と、人に怪しまれる、暁け方ならば何とか云いわけが出来ると思ったからです」
「盗んだ小判をなぜすぐに持って帰らなかったのだ」
「小判と二朱銀を袂に忍ばせて、奉納小屋を出ますと、まだ誰も起きていないので、あたりはひっそりしていました。わたくしは安心して夜叉神堂の前まで来まして、かぶっている鬼の面を取ろうとしますと、この頃の生暖かい陽気で顔も首筋も汗びっしょりになっています。その汗が張子の面に滲《にじ》んで、わたくしの顔にべったりと貼り着いたようになって、容易に取れないのでございます。わたくしは昔の肉付き面を思い出して、俄かにぞっ[#「ぞっ」に傍点]としました。嫁を嚇かしてさえも、面が離れない例もある。まして仏前の奉納物を毀して金銀を奪い取っては、神仏の咎めも恐ろしい。あるいは夜叉神のお怒りで、この鬼の面がとれなくなるのでは無いかと思うと、わたくしはいよいよ総身《そうみ》にひや汗が流れました」
腹からの悪僧でもない彼は、その当時の恐怖を思い泛かべたように声をふるわせた。
「多寡が胡粉《ごふん》を塗った張子の面ですから、力まかせに引きめくれば造作《ぞうさ》もなしに取れそうなものですが、それが
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