りますが……。何かお寺社の方からお指図があったのだそうで……」
二人はいろいろにカマをかけて訊いてみたが、兜の金銀紛失のことは飽くまでも秘密にしてあるらしく、茶屋の者らも知らないようであった。店もそろそろ仕舞いにかかる時刻に、いつまで邪魔をしてもいられないので、兼松は茶代を置いて表へ出ると、ひとりの女が摺れ違って通りかかったが、また何か思い直したように引っ返して、寺の門をくぐって行った。
「あの女を知らねえか」と、兼松は訊いた。
「知りませんな」と、勘太は見送りながら答えた。「年ごろは二十五、六、小股の切れあがった、野暮でねえ女だが……。ここらの人間じゃあありませんね」
「開帳だからいろいろの奴も来るだろうが、今頃あんな女が寺へはいるのはおかしい。まさかに坊主をたずねて来たわけでもあるめえ」
兼松に頤《あご》で指図されて、勘太はすぐに女のあとを尾《つ》けて行くと、女は普陀山の額《がく》をかけた大きい門をはいって、並木を横に見ながら急ぎ足にたどって行った。物に馴れた勘太は並木のあいだを縫って、覚られないように忍んでゆくと、右側に夜叉神堂がある。女はその石燈籠の前に立って、おぼろ月にあ
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