たりを見まわした。
長谷寺参詣の人は知っているであろうが、夜叉神堂はこの寺の名物である。夜叉神は石の立像《りつぞう》で、そのむかし渋谷の長者《ちょうじゃ》の井戸の底から現われたと伝えられている。腫れものに効験ありと云うのであるが、その他の祈願をこめる者もある。いずれにしても、ここに参詣する者は張子《はりこ》の鬼の面を奉納することになっているので、古い面が神前の箱に充満している。何かの願《がん》掛けをする者は、まずその古い面をいただいて帰って、願望成就か腫物平癒のあかつきには、そのお礼として門番所から新らしい面を買って奉納し、あわせて香華《こうげ》を供えるのを例としている。その古い面は一年に二回焼き捨てるのであるが、それでも多数の参拝者があるために、鬼の面はいつでもうず高く積まれていた。
女は幾たびか左右に眼をくばって、堂の前に進み寄ったかと思うと、やがて神前の大きい箱に手をさし入れて、古い鬼の面をかきのけているらしい。どうするのかと勘太は桜の木蔭《こかげ》から窺っていたが、あいにく向きが悪いので、女の手もとは判らない。勘太は焦《じ》れて木かげから少しく忍び出ると、女は勘が早かった。
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