詣人はみな散ってしまって、境内はもうひっそりとしているが、門前町はまだ何かごたごたして、灯の明るい店では女の笑い声もきこえた。
兼松は桐屋という花暖簾をかけた茶店へはいった。
「まだ店はあるのかえ」
「どうぞお休み下さい」と、若い女が愛想《あいそ》よく迎えた。
勘太もつづいてはいった。二人は床几に腰をかけて、茶をのみながら開帳の噂をはじめた。
「今度は大当たりだそうだな」と、兼松は笑いながら云った。
「時候がいいのに、お天気がよいので、たいそうな御参詣でございます」と、女も笑いながら答えた。「本所深川や浅草の遠方からも随分お詣りがあるようです」
「奉納物のなかで、銭の兜というのが評判だそうだが……」
「ええ。あの兜はほんとうに好く出来ていると云って、どなたも感心しておいでです」
「毎日飾ってあるのかえ」
「どういう訳だか知りませんが、それがきょうは飾ってなかったそうで……。わざわざお出でになって、力を落としてお帰りになった方《かた》もございます」
「なぜ引っ込ませたのだろう」と、勘太は空とぼけて訊いた。
「さあ、なぜでしょうか」と、女も首をかしげていた。「そのことでいろいろの噂もあ
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