てみると髷が無い。五度目に切られた増田太平というのは、外から帰って来て長屋へはいろうとすると、暗いなかに何かうずくまっているような物がある。犬でもはいったのかと思って、足のさきで軽く蹴ると、それが飛び起きて増田に突きあたった。その勢いに増田はよろけて倒れそうになったが、そのまま内へはいってみると、これも髷が飛んでしまったと云うわけです。増田に突き当たったのも鮎川と同様、天鵞絨か毛皮のような肌ざわりで、暗いなかで確《しか》とは判らなかったが、犬よりも大きい物らしかったと云うのです。ほかの九人は寝ているうちに切られたのもあり、いつ切られたか知らないのもあり、ともかくも心あたりのあるのは鮎川と増田の二人だけで、その話も大抵一致しているのでした」
「じゃあ、獣らしいんですね」
「まあ、そうです」と、老人は又うなずいた。
「誰が云いだしたのか知りませんが、江戸時代では斯《こ》ういうたぐいの髪切りを、一種の魔物の仕業《しわざ》と云い、又は猿か狐の仕業だと云い慣わしていました。そこで、前の鮎川に飛び付いたのは、猿の仕業らしくもある。後の増田に飛びかかったのは、狐らしくもある。まあ、なんにしても獣の仕
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