りを集めて、真剣に教練するつもりであったのです。こんにちと違いまして、その頃に一万人の兵があれば心丈夫です。ところが、その募集が思うように行かないで、しまいには誰でも構わずに採用することになって、江戸近在のやくざ者までが紺木綿の筒袖を着て、だん袋のようなものを穿いて、鉄砲をかついで歩くことになったので、世間の評判が余り好くありませんでした。勿論、みんながみんな悪い人間じゃあない、維新の際に命をすてて働いたのもあるのですが、何分にもごろつきのような奴がまじっていて、これが歩兵を笠に着て乱暴を働く、三人か五人固まって歩いて、芝居|町《まち》で暴れる、よし原で喧嘩をする、往来で女にからかったりする。これじゃあ市中の評判もよくない筈ですよ」
「その一万人はどこに屯《たむろ》していたんです」
「四組に分かれて屯していたのですが、髪切りの一件がおこったのは神田|小川町《おがわまち》の屯所で、第三番隊というのでした。なにしろ一個所に二千人以上の歩兵が屯しているのですから、幾棟もの大きい長屋が続いていまして、そこにみんな寝起きをしている。その中に広い練兵所があって、毎日調練の稽古をするという仕組みです
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