れは別に流行ということも無いので、誰の仕業《しわざ》だか判りません。なにかの魔物の仕業だろうと云うことになっていました」
「これも女が多いんですか」
「やっぱり女が多かったようです。若い女が眼をさまして見ると、島田髷が枕元にころりと落ちている。これは泣き出すのが当たりまえでしょう。しかし女には限りません。男だって切られることがありました。歩兵|屯所《とんじょ》の一件なぞがそうです。なにしろ十一人も次から次へと切られたのですからね」
 こうなると、鬼がら焼などはどうでもいい。わたしはくずしかけている膝を直した。
「歩兵屯所……。幕府の歩兵ですか」
「そうです」と、老人はうなずいた。「なにしろ幕末は内も外もそうぞうしくなったので、幕府では旗本や御家人の次三男を新規に召し出して、別手組というものを作りましたが、また別に歩兵隊を作ることになりました。これは一種の徴兵のようなもので、関東諸国の百姓の次三男をあつめて、これに兵式の教練をさせたのですが、元治元年の正月から募集をはじめて、その年の七月までには一万人ほどになりました。最初の趣意では、前にも申す通り、なるべく正直|律義《りちぎ》の百姓ばか
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