ったのは、どなたも御存じのことでしょう。あの砲撃のために、芝の金杉、本芝、田町《たまち》の辺はみんな焼けました」
「良住という坊主は、本当になんにも知らないんでしょうか」
「万華寺の関係から考えると、良住は鮎川の秘密を知っていそうに思われるのですが、本人はどうしても知らないと云い張っていました。これも吟味中に牢死という始末で、何もかもうやむや……。こんな事件もめずらしいのです」
 云い終って、老人はまた思い出したように溜め息をついた。
「めずらしいと云えば、ここに少し不思議なお話があります。慶応三年十二月十三日、歩兵隊が吉原で喧嘩をはじめて、廓内の者や弥次馬に取り囲まれ、十幾人が半死半生の袋叩きに逢いました。そのなかには重傷で死んだものもありました。死んだのはみんな髪切りに出逢った連中だという噂で……。わたくしも何だか変な心持になりました」



底本:「時代推理小説 半七捕物帳(五)」光文社文庫、光文社
   1986(昭和61)年10月20日初版1刷発行
入力:tat_suki
校正:小林繁雄
1999年6月5日公開
2004年3月1日修正
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