自分の髪を切られたことにして、唯黙っていればいいのに、この二人だけが何か髪切りの正体を見たようなことを云って、天鵞絨《びろうど》のような手ざわりがしたとか、獣のような物に出逢ったとか云い触らしたのが失敗のもとで、かえってわたくし共に眼を着けられる事にもなったのです。
増田の申し立てによると、自分も鮎川も歩兵隊にはいったものの、毎日の調練が忙がしく、なかなか辛抱がつづかない。その上にいつか道楽の味をおぼえたので、猶さら屯所の生活が窮屈でならない。いっそ脱走でもしようかと云っているところへ、髪切りの一件をたのまれたので、金がほしさに引き受けたが、その詮議がだんだん厳重になったので、なんだか薄気味悪くなって来た。その矢先きへ、ある所から米吉を通じて、大隊長の妾宅を襲えという秘密の命令が来ました。そこで、二人は相談して、いっそここらで強盗を働いて、纒まった金をこしらえて脱走しようと云うことになったのです。妾の髪を切れば二人に十五両ずつ呉れるという約束でしたが、そのお金を米吉が中途で着服して、二人に渡さない。その捫著のあいだに、気の弱い鮎川は思い切ってお房と駈け落ちをしてしまう。思い切りの悪い
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