らの声がきこえた。
「やあ、ここに人が死んでいる」
「死んでいるんじゃあない。寝ているんだ」
その声が耳にひびいて、半七は堤の上から覗いてみると、堤の裾《すそ》の切株に倚《よ》りかかって、一人の男が寝ているらしかった。
「生酔《なまよい》だな」と、半七は思った。
それでも念のために、彼は堤を降りて、その男の枕もとへ近よると、男は堅気《かたぎ》の町人とも遊び人とも見分けの付かないような風体で、いが栗頭が蓬々《ぼうぼう》と伸びているように見えた。彼はたしかに酒に酔って倒れていたのである。
「もし、おまえさん。まっ昼間から何でこんな所に寝ているのだ」と、半七は近寄って揺りおこした。
他愛なく眠っているようでも、どこか油断が無かったらしく、揺り起こされて男はすぐにはっ[#「はっ」に傍点]と眼をあいた。彼は自分の前に立っている半七を見て、俄かに起き直って衣紋《えもん》をつくろった。そうして、無意識のように両方の袖口を引っ張った。それが法衣《ころも》の袖をあつかうような手つきであると、半七は思った。
「おまえさんは坊さんかえ」と、半七は訊いた。
「なに、そうじゃあねえ」と、彼は少し慌てたよう
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