だん袋に韮山笠《にらやまがさ》をかぶった歩兵である。他のひとりは羽織袴の侍風で、これも笠をかぶっていた。かれらは相当酔っているらしく、殊に往来の絶えているのを見て、かなりの声高で話しながら歩いて来たが、やがて堤へ上がって一軒の掛茶屋にはいった。茶屋も此の頃は休んでいるらしく、外囲いの葭簀《よしず》はゆうべの雨に濡れたままで、内には人の影もなかった。それが丁度仕合わせであるというように、ふたりは片寄せてある長床几を持ち出して、向かい合って腰をかけた。
「暑いな。すっかり夏になった」と、侍は扇を使いながら云った。
「もう日なかは夏です」と、歩兵も云った。「殊にゆうべの雨風から急に暑くなりました」
「では、今の一件を増田君にもよく話して下さい。このくらいで止《や》めては困る……」
「はあ」と、歩兵の返事はすこし渋っていた。
「きょうは増田君も一緒に来てくれると好かったのだが……」
「増田君は二、三人づれで吉原へ昼遊びに行ったようです」
「はは、みんな遊ぶのが好きだな」
 歩兵隊はドンタクと称して、一、六の日を休日と定め、その日は明け六ツから夕七ツまでの外出を許されている。この歩兵もきょうドン
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