本妻同様の位置を占めて、屋敷内でも羽振りが好くなった。笹川の店が大きくなったのも娘のお蔭であるという世間の噂も、まんざらの嘘では無かったらしい。これもそのままで済んでいれば無事であったが、ことしの十月六日の夜に、主人の左京と妾のお関が他人に殺害された。下手人《げしゅにん》は中間の伝蔵であった。伝蔵は武州秩父の生まれで、あしかけ六年この屋敷に奉公していたが、この四月頃から女中のお熊と密通しているのを、お関が発見した。武家の習い、こういう者を捨てて置くわけには行かないので、主人と相談して、この八月かぎりでお熊を宿へ下げた。伝蔵も長《なが》の暇《いとま》となるべきであったが、六年も勤め通した者でもあり、小才覚もあって何かの役にも立つので、これはそのままに残して置いた。
その伝蔵が十月六日の夜ふけに、主人の寝室へ忍び込んで、手箱の金をぬすみ出そうとするところを、眼をさました左京に咎《とが》められたので、彼は枕もとの脇指をぬいて主人を斬った。つづいてお関を斬った。その物音を聞いて、家来の誰かが駈けつけて来るらしいので、彼は縁側の雨戸をあけて、庭口から表へ逃げ出した。
伝蔵は主人と妾を斬っただ
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