けで、なんの獲物もなかったのである。それでは何のために重罪を犯したのか判らなくなる。彼は度胸を据えて、隣り屋敷の高木道之助の門を叩いた。高木は主人左京の本家で、次男の左京が福田家の養子となったのである。伝蔵は高木家の用人に逢って、主殺しの顛末をつつまず訴えた。
「これが表向きになりましては、五百石のお屋敷が潰れましょう。わたくしに三百両の金を下されば、黙って故郷へ帰ります」
 主人を殺した上に、その本家へ押し掛けて行って、三百両の金をゆすろうとするのである。その図太いのに用人も呆れた。
 しかしこの時代としては、これも強請《ゆすり》の材料になる。主人が家来に殺された上に、その家に相続人が無いとすれば、福田の屋数は当然滅亡である。この一件を秘《かく》して置いて、どこからか急養子を迎えて、その上で主人の左京は死去したように披露すれば、なんとか無事に済まされない事もない。そこへ付け込んで、伝蔵は本家から口留め金をまき上げようと企らんだのであった。
 自分が人殺しをして置いて、その口留め金をゆするなどは、あまりに法外である。憎さも憎しと思いながら、前に云うような事情もあるので、用人も迂濶《うか
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