て、まことに相済みませんが、そこまでお顔を拝借したいと云うのです。わたくしも連れの男に眼をつけていたところですから、二人に誘われて近所のうなぎ屋の二階へ連れ込まれました。これがこのお話の発端《ほったん》です」
二
飼葉屋の直七の紹介によると、麹町の平河天神前に笹川という魚屋《さかなや》がある。魚屋といっても、仕出し屋を兼ねている相当の店で、若い男はその伜の鶴吉というのである。親父の源兵衛は五年前に世を去って、母のお秋が帳場を切り廻している。鶴吉はことし十九であるが、父のない後は若主人として働いている。お秋は女でこそあれ、なかなかのしっかり者で、亭主の存生《ぞんしょう》当時よりも商売を手広くして、料理番と若い者をあわせて五、六人を使っている。
これだけならば、まことに無事でめでたいのであるが、ここに一つの事件が起こった。笹川には鶴吉の姉にあたるお関という娘があった。お関は容貌《きりょう》も好し、遊芸ひと通りも出来るので、番|町《ちょう》の御厩谷《おうまやだに》に屋敷をかまえている五百石取りの旗本福田左京の妾に所望された。左京の本妻は間もなく病死したので、妾のお関が自然に
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