眺めているうちに、半七はふと何事をか思いついた。
「おれは早く帰るから、留守に誰か来たら待たせて置いてくれ」
云い置いて、彼は早々に出て行った。観音堂に参詣して、例の唐蜀黍《とうもろこし》や青ほおずきの中を通りぬけて、午飯《ひるめし》も食わずに急いで帰ると、善八が待っていた。
「早速だが、善八。これからすぐにお台場へ行って、人入れの人足部屋を洗ってくれ。おれも今まで気がつかなかったが、例の伝蔵の奴め、お台場人足のなかにまぎれ込んでいるかも知れねえ。どうで長げえ命はねえ奴だ。このごろ流行る唄じゃあねえが、死ぬにゃ優しだよ土かつぎと度胸を据えて、命がけで荒れえ銭を取って、うめえ酒の一杯も飲んでいるような事がねえとも云えねえ」
「成程そんなことかも知れません。じゃあ、早速行って来ます」
善八はすぐに飛び出した。
「お話は先ずここらで打ち留めでしょう」と、半七老人は云った。「なぜ早くに気がつかなかったかと、今でも不思議に思うくらいです。お台場の一朱銀なぞは始終見ているくせに、なんにも気がつかずに過ごしていて、ふいと思い付くと、それからとんとんと順序好く運んで行くのも妙です。こうなると、自分
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