た。
一月の末になって、子分の幸次郎がこんなことを報告した。
「伝蔵はやっぱり江戸にいますよ。福田の屋敷にいた曽根鹿次郎という若侍が、当時は牛込神楽坂辺の坂井金吾という旗本屋敷に住み込んでいます。その曽根が二、三日前に小梅の光隆寺へ墓参に行きました。光隆寺は福田の屋敷の菩提寺ですから、命日というわけじゃあねえが、曽根も勤めの暇をみて、旧主人の墓参りに行ったのです。参詣を済ませて寺を出ると、どこから尾《つ》けて来たのか伝蔵が門の前に待っていて、自分はお尋ね者で商売に取り付くことも出来ず、その日にも困っているから、幾らか恵んでくれと云ったそうです。そのずうずうしいには、曽根も呆れました。たとい昔の知りびとに出逢っても、顔を隠して逃げるのが当然だのに、自分の方から声をかけて、いくらか貸せとゆするとは、まったく思い切ってずうずうしい奴です。曽根も腹立ちまぎれに斬ってしまおうかと思ったのですが、自分も今は主人持ちですから、旧主人のかたきを討つというのは少し面倒です。取り押さえて番所へ突き出そうと思って、不意にその利き腕をとって捻じあげると、伝蔵もなかなか腕っ節の強い奴で、振り払って掴み合いにな
前へ
次へ
全49ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング