りましたが、あの辺は路が悪い、霜どけ道に雪踏《せった》をすべらせて、曽根が小膝を突いたところを、伝蔵は突き放して一目散に逃げてしまったそうです」
「成程、主殺しでもするだけに、思い切ってずうずうしい奴だな」と、半七も呆れたように云った。「馬鹿か、図太いのか、なにしろそんな奴じゃあ、何処へのそのそ這い出して来るかも知れぬえ。江戸にいると決まったら、尚さら気をつけてくれ」
それから十日ほどの後に、善八がこんなことを聞き出して来た。
「麹町四丁目の太田屋という酒屋は、福田の屋敷へ長年の出入りだったそうです。その女房が娘と小僧を連れて、王子稲荷の初午《はつうま》へ参詣に行くと、王子道のさびしい所で、伝蔵に出逢ったそうです。これも同じような文句をならべて、お尋ね者で喰うに困るから幾らか恵んでくれと云う。こっちは女子供だから、怖いのが先に立って、巾着銭をはたいて二朱と幾らかを捲き上げられたそうですよ。いよいよ図太い奴ですね」
主殺しのお尋ね者が世間を憚らず、この江戸市中を徘徊して昔馴染《むかしなじみ》をゆすって廻るなどは、重々不埓な奴であると半七は思った。
「そんな奴をのさばらせて置くと、上《
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