ねえ。あの狢《むじな》野郎、途中で連れに別れたなんて云うのは嘘の皮で、始めから自分ひとりですよ」
「まあ、そう妬《や》くなよ」
「妬くわけじゃあねえが、あいつは方々の屋敷へいい加減ないか[#「いか」に傍点]物をかつぎ込んで、あこぎな銭《ぜに》もうけをするという噂で、道具屋仲間でも泥棒のように云われている奴ですからね」
善八にさんざん罵倒されているのも知らずに、才兵衛は宇兵衛夫婦を相手に、今ごろ何を掛け合っているかと半七は考えた。
五
嘉永六年の冬は暮れて、明くる年の七年の春が来た。歴史の上では安政元年と云うが、その年号が安政と改まったのは十二月五日のことであるから、その当時の人はやはり嘉永七年と云っていた。この正月は晴天がつづいて、例年よりも暖かであった。
福田の屋敷には伝蔵のほかに、乙吉、鎌吉、幸作という三人の中間があったが、滅亡の後は思い思いに立ち退《の》いて、諸方の武家屋敷に奉公している。その奉公先へ伝蔵が立ち廻るようなことは無いかと、半七は子分に云いつけて絶えず警戒させていたが、彼はどこへも姿を見せなかった。遠州屋のお熊のところへ尋ねて来たような形跡もなかっ
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