吉良の良い所にあやかって四位の少将にでも昇進するのだなぞと仰しゃって、とうとうその脇指を自分の指料になさいました。それから四、五年のあいだは何事もなかったのですが、図《はか》らずも今度のようなことが出来《しゅったい》しまして、殿さまも姉もその脇指で殺されました。姉はふだんから其の脇指のことを気にしていまして、吉良の脇指なんぞは縁起が悪いと云っていましたが、やっぱり虫が知らせたのかも知れません」
「刀の祟りということは、昔からよく云いますが、吉良の脇指なども良くないのでしょうね」と、直七は仔細らしく云った。
「吉良の脇指も村正《むらまさ》と同じことかな」と、半七はほほえんだ。「そこで、その脇指はどうなったね。伝蔵が持ち逃げかえ」
「いえ、庭さきに捨ててありました」と、鶴吉は云った。「お屋敷の後始末をする時に、こんな物はいよいよ縁起が悪いから、折ってしまうとか云うことでしたから、わたくしがお形見に頂戴いたして参りました。わたくしはそれで伝蔵を討ちたいと思いますが、いかがでしょう」
「それもよかろう。吉良の脇指でかたき討ちをしたら、世の中も変ったものだと、泉岳寺にいる連中が驚くかも知れねえ」
 冗談は冗談として、半七は年の若い鶴吉に同情した。おなじ刀で相手を仕留めれば、それは本当のかたき討ちである。刀屋に渡してせいぜい研《と》がせておけと、半七は彼に注意して別れた。

     三

 麹町から四谷へまわって、半七が神田の家へ帰ったのは、冬の日の暮れかかる頃であった。湯に行って、ゆう飯を食ってしまうと、善八が来た。
「季節になったせいか、寒さがこたえますね」
「御同様に歳の暮れというものは暖くねえものだ」と、半七は笑った。「その節季に気の毒だが、一つ働いて貰いてえ事がある。急ぎと云うものでもねえが、急がねえでもねえ。まあ、せいぜいやってくれ」
「なんですね」
「かたき討ちの助太刀と云ったような筋だ」
「芝居がかりですね」と、善八も笑った。
「こういうことになると、おれもちっと芝居気を出したくなる。本当ならば虚無僧《こむそう》にでも姿をやつして出るところだが、真逆《まさか》にそうも行かねえ。まあ、聴いてくれ」
 吉良の脇指の一件を聴かされて、善八はうなずいた。
「成程、こりゃあいよいよお芝居だ。そこで、先ずどこから手を着けますね」
「この一件は四谷の常陸屋の係りだ。如才《じ
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