公儀の手に召し捕らせて、天下の大法に服させるのが当然であって、私のかたき討ちをすべきでは無いと、半七は云い聞かせた。
「親分のお諭《さと》しはご尤もでございますが、あの伝蔵を自分の手で仕留めなければ、わたくしの気が済みません。母の胸も晴れません。首尾よく本望を遂げました上は、自分はどんなお仕置になっても厭いません」と、鶴吉は飽くまでも強情《ごうじょう》を張った。
 一途《いちず》に思いつめた若い者に対して、半七はいろいろに理解を加えたが、彼はどうしても肯《き》かないのである。しかも半七はその強情を憎むことも出来なかった。
「それほど思い詰めたら仕方がねえ。まあ、思い通りにかたき討ちをおしなせえ」
「有難うございます。ありがとうございます」と、鶴吉は涙をながして喜んだ。
「そこで、その伝蔵のありかを突き留めて、わたしらの手で押さえるならば仔細はねえが、おまえさんの手で討つとなると、仕事がちっと面倒だ。伝蔵という奴は腕が出来るのかえ」と、半七は訊いた。
「なに、たいして出来る奴でも無さそうですが……」と、直七が引き取って答えた。「それが主人を一刀で斬って、つづいてお関さんも斬ってしまうと云うのは、あんまり手ぎわが好過ぎるようにも思われます。それには何だか因縁がありそうで……。ねえ、鶴さん」
「母は因縁だと申していますが……」
「どんな因縁だね」と、半七は又訊いた。
「今時《いまどき》こんなお話をいたしますと、他人《ひと》さまはお笑いになるかも知れませんが……」と、鶴吉は躊躇しながら云った。「伝蔵は主人の枕元にある脇指《わきざし》で斬ったのですが、その脇指が吉良|上野《こうずけ》殿の指料《さしりょう》であったと云うことです。その由来は存じませんが、先祖代々伝わっているのだそうです」
「先祖伝来はともかくも、好んでそんな物をさすと云うのは、よっぽどの物好きだね」
「物好きといえば物好きです。吉良の脇指というので、代々の殿さまは差したこともなく、土蔵のなかに仕舞い込んであったのを、先年虫ぼしの節に、今の殿さまが御覧になって、どこが気に入ったのか、自分の指料にすると仰しゃいました。そんな物はお止めになったが好かろうと云った者もありましたが、殿さまはお肯《き》きになりません。それは刀が悪いのではなく、差し手が悪いのだ。吉良が悪いから討たれたのだ。おれは吉良のような悪い事はしない、
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